lost
朝、普段は地下鉄に乗る。地下鉄に乗ってしまえば真っ暗な車窓から眺めるべきものなど何もなく、ただ目的地につくまでジッと音楽を聞いたり、スマホで無意味な情報を眺めたりしている。
たまに時間に余裕があるときは、地下鉄ではなく地上を走る電車に乗ってみる。そうすると、線路沿いにぎっしり立ち並ぶ家やアパートの数々から、いろいろな人々の生活が見えてくる。
あわただしく洗濯をする人。テレビを見る人。ぼーっとしている人。様々な生き方があり、様々な時間の過ごし方があり、そのほとんどの人たちと自分は一生、何の関わりもなく生きていく。ひとりひとりに物語があり、自分自身にも自分自身の生き方や物語があるけれど、それらの物語は、多くの場合、決して交錯することはない。
例えばほかにも、夕方の街の風景。買い物をする人、家路を急ぐ人、これから街へ繰り出す人。いろいろな人がいて、この人たちにはこの人たちなりの暮らしがあって、今家に向かっている自分だってもしかしたらまったく知らない場所で、まったく知らない人と、まったく別の生き方をしている可能性だってあったんだとふとした瞬間に気づき、途方もない気持ちになる。それは、単純に無数の「ありえた自分」の可能性に触れたことに対する困惑だったり、これだけ多くの人間が存在しているにも関わらずほんとうにわかりあえる人間というのはほんの一握りにすぎないんだなという切なさだったり、だからこそ人とのつながりを大切にしようという暖かな気持ちだったり、いろいろなものがごっちゃになった感情だ。
Sometimes I look at people and make myself try and feel them as more than just a random person walking by. I imagine how deeply they’ve fallen in love, or how much heartbreak they’ve all been through.
Her (2013)
少しずつ夜に沈んでいく街。春を待つ桜。暖かい食卓。今年ももうすぐ終わってしまう。