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gezellig

日記など。

Spring 2016

いつのまにかコートがいらない季節になり、街には桜が舞っている。1年前とは違う街で迎える春。何もかもが新しくて、そして何もかもが古くさくて、むず痒い気持ちになる。それが春という季節だ。東京は去年も、満開の桜を雨が濡らしていた。今年も、小雨に身体を濡らしながら桜が咲いた道があればゆっくり歩く。すぐにでも散ってしまう花の蕾を携えて、一年中同じ場所に突っ立っているのはどんな気持ちだろう、と思いを巡らす。やがて花は散り、街は甘く優しい色からきりりとした新緑の色に、少しずつ移り変わっていく。

 

今となってはさしたる苦労もなく手に入れたと思えるようなおぼろげな幸せはいつか終わりを迎えて、日々を取り巻く色彩は季節が巡る度に変わっていく。いつのまにかはじめと比べたらまるで違う色に変わってしまった心は行先のなさに絶望して破裂しそうになる。あまりにも多くのできごとがあまりにも短い時間の間に起きすぎて、それはまるで心地の良いぬるま湯から突然極寒の雪山に放り出されたようであり、自分の無防備さや弱さを否が応でも実感せざるをえない。これまでの自分はなんと甘えていたのだろう、生きるということは、ほんとうはなんと難しく苦しいものなのだろう。小さなことがきっかけで、どうしてこうも、すべてのものごとが向かう方向が、変わってしまうのだろう。不運だと思うことが重なっていく一方で、自分の意志で、自分の間違いで、起こしてしまったいくつかの間違いや、間違いだとは微塵も思っていなかった数えきれないほどの行為が、少しずつ自分の気持ちを歪めていき、また新たな間違いを犯す。

 

 どうやったらもっと幸せになれるのだろう。どうやったらまともに生きることができるのだろう。もっとこうしておけばよかったとか、もっとこんな人生もあったのではないかとか、そんなことばかりが最近、頭のなかを侵食していく。ふつうに人と付き合って、普通に人を好きになって、普通に仕事をすることができたら、どんなにいいだろう。面倒で、後ろ向きな色々な感情を、抱えずに生きることができたら、どれだけ楽だろう。脳天気な人生が羨ましい。そんなことを思っている自分がどれほど不寛容で、醜い人間なのかなんてわかってはいるけれど。