gezellig

日記など。

time goes by

学生時代にはいくつかのアルバイトをやった。

 

お世辞にも忍耐強い方ではないし、様々な仕事をかじってみることができるのも学生時代だけだと思い、僕はけっこう色々なバイトを短い期間やった。

 

ユニクロで働いたり、コンビニで働いたり、クロネコヤマトの集配所で働いたり、ひたすらにプラカードを持って立ち続けるバイトもやった。

 

そういったバイトに共通することは、「あと何時間頑張れば終わりだ」という感覚を持てることだった。ユニクロも、コンビニも、クロネコヤマトも、その日にやるべきことは決まっていて、それらをひとつひとつこなしていけば、あとは耐えるだけだ。プラカードを持つバイトなんて、やることすらない。1時間に1度道案内することがあるかないかというところだ。

 

ただひたすらに、時間が過ぎるのを待つ日々。

 

 

2014年3月の話に移る。

 

2014年の僕も、ただひたすらに、時間が過ぎるのを待っている。週末が来るのを待ち、日曜の夜、週末が終わる頃には、次の週末が早く来ることを祈りながら、少しだけ憂鬱な気持ちになっている。

 

金曜日のこと。朝、働き始めた僕は、「あと8時間頑張れば週末だ」と思おうとしてみた。でも、それはあまりに弱々しく、現実味のない仮定だった。8時間で仕事が終わるとは限らない(12時間で終わればラッキーくらいなものだ)し、頑張らないといけない対象だって、その日その日でドラスティックに変わっていく。そしてそれは、単純作業であることは稀で、プレッシャーを感じながらやらないといけないものだったり、時として嫌な思いをしながらやらないといけないものだったりする。

 

もちろん、やっていてアドレナリンが放出されるような、楽しい仕事だってある。大変だと感じている仕事でも、ちょっと立ち止まって考えてみるとすごく楽しかったり。それ相応の責任は伴うけれど、今僕は、おそらく世の中の同年代と比較してみたら、ある程度の裁量と自由を持って仕事をすることができているのではないかと思う。

 

だからこそ、僕にできるのは、「今日もあと8時間頑張れば終わりだ」と思うことではなくて、一日が終わり、そして一週間が終わり、しみじみと、「ああ、終わったんだな」と思うことだけだ。そして、なんとなく、ぼんやりと、時間が過ぎて週末が来るのを待っている。でもそれは「耐える」という感覚とは違う。毎日は積み重ねなのだ。その現実を受け入れて、前を向くしかないのだ。そういう意味においては、僕はわりとポジティブな毎日を過ごすことができているのではないかと思う。

 

でもやっぱり、もっと休日が多ければいいのにとか、もっと毎日帰るのが早ければいいのに、とは思ってしまうけれども。

 

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そうすれば、こんなところをもっとうろついてみたりして、もっとおいしいものをたくさん食べて、もっとおいしいお酒をたくさん飲むことができたりもして。