gezellig

日記など。

On a Sunday

日曜日だった。

 

 

 

同居人が友人と旅行に出かけていて、一人で目覚めた。一人で過ごすには少し広い部屋。寒々しい冬の朝。前日、山道を長い距離歩いたり走ったりしたせいで身体が少し痛む。目を覚ますためシャワーを浴びて、着替えて家を出る。電車を乗り継いで知人の家に向かい、子供と遊んで美味しいご飯を頂いて、昼過ぎまで過ごす。ああ、今日はあとは何をしよう。曇っていて、夕方が近づいていて、何もする予定がなくて、日曜日だ。近所の行ったことのない銭湯に行ってみる。どうやら区民が割引になる日だったらしく、ぎゅうぎゅう詰めの浴槽に少し浸かってから、しばらく腰掛けていると、幸運なことに少しずつ人が少なくなってくる。浸かって、上がって、を繰り返す。湯けむりの上がる、湿度が多くて清潔な銭湯だ。たっぷり汗をかいて、寒空の下、家路につく。ちょっと歩きたい気分だ。30分ほどの道のり、ゆっくりと歩いていく。

 

 

三連休の中日の日曜日。街は心なしか少し落ち着いた雰囲気だ。坂を上り下りして家の近くまでやってきた。スーパーに寄って一人分の食材を買う。一人暮らししていたときは、どんなふうに時間を過ごしていたんだっけ。この場所では、その時々の気持ちを、なるべく書き記してきたつもりだけど、いざ文章を見返してみると自分がどうやって生きていたのかまるでわからない。いや自分はもしかして生きてなどいなかったのではないか。何を食べ、どうやって時間が過ぎていっていたのか、さっぱり思い出すことができない。ブログやSNSを見返してみると、そこにあるのは連続した生活の記録ではなくあくまで断片的な日常のかけらでしかなかった。あの日、友達と楽しい時間を過ごしたあと、どうやって家に帰ったんだっけ。家の近くにはどんなコンビニがあったっけ。そこに寄ったんだっけ、それともそのまま家に帰ったんだっけ。あの頃、たとえば飲んだあと家に帰ったら、どんな過ごし方をしていたんだっけ。そのまま眠りについたのだろうか。何か食べたり飲んだりしていたのだろうか。その瞬間には色鮮やかで、忘れがたいと思っていた日々が、後から振り返ってみると驚くほどに断片的で、おぼろげでつかみどころのないもののように感じる。様々な記憶が混じり合って本当の姿を失っていく。人の記憶はこうも儚いものなのかと思う。

 

 

どうしても覚えていたかった記憶をうまく思い出せずにもやもやとすることもあれば、突然、長い間ずっと忘れていた記憶が鮮明に蘇ってくることもある。あの空気の匂い。あの空の色。ずっと忘れていた。でもそのとき、確かに僕は、心をゆり動かれていた。

 

 

Jimmy Eat Worldの初期の曲に "A Sunday" という曲があって、それを思い出した。

 

 

日曜日、手に入ると思ったものが手に入らない。クスリが抜けて眼の中から霧が消えていく。クスリというのは文字通りの意味ではないかもしれない。何かへの執着、あるいは何かに向き合い、それを乗り越えるための、正しくはない方法。キリスト教文化において日曜日というのは特別な意味を持つ。罪の意識、救い、その中で前に進む気持ち。前向きでなくても、罪や、痛みと、共に生きていくのだという、ある種の決心や予感。

 

On a Sunday I'll think it through.
On the drive back I'll think it through.
What you wish for won't come true.
Live with that.

 

Live with that. 

 

痛みは、消えることがない。それと共に生きていく。しかし眼の中の霧は晴れている。そんな、100%前向きなわけではない感情を、これ以上ないほどに美しいギターとストリングスに乗せて歌った曲だ。

 

地味な一曲だ。彼らの代表曲である、 "Sweetness" や、 "The Middle" のような、ストレートで明るいメロディアスなロックチューンと比べると、地味で、暗い。

 

 

でも、僕はこの一曲を聴くたびに、救われた気分になる。この曲を彼らは "Clarity" というアルバムに収録した。霧が晴れる。靄が消えていく。透明度が増す。この曲を聴くと、ベタベタな表現だけれど、心が洗われる。

 

 

家に帰る道、頭の中でこの曲が鳴り響いていた。なんでだろう。何かに、救われたと感じたのだろうか。これでいいのだと、思ったのだろうか。間違っていないと。いろんなことがあったし、これからもいろんなことがあるだろうけど、その色々な記憶とともに、これから生きていくことができると、もしかしたら思ったのかもしれない。なぜ、そう思ったのか、説明することはできない。ただ、なぜか、そこには、救いがあった。前を向いていてもいいんだ。痛みは消えることがなくても、そのまま生きていくことはできるから。

 

 

The haze clears from your eyes on a Sunday

 

  

湯上りの濡れた髪を冬の風が乾かして、霧が眼から晴れていった。