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日記など。

冬の終わり

シャルケ戦で先発した17歳のマタイス・デ・リフトとジャスティン・クライファートの2人は、アヤックスが20年前にチャンピオンズ・リーグで最後に四強に進んだ当時、生まれてすらいなかった。カメルーン国籍のGKアンドレ・オナナ、コートジボワールのベルトランド・トラオレ、コロンビアのダヴィントン・サンチェスといった外国籍の選手は、アムステルダムの街に来るまで、アヤックスという小国のクラブが当時ヨーロッパ随一の戦力を誇っていたことなど、知る由もなかっただろう。そしてその他多くのメンバーや若いファンにとっても90年代の「マイティ・アヤックス」はもはや遠い遠い過去の、伝説のような、真実味のない存在になってしまった。

 

ヨーロッパリーグのベスト8に名を連ねたアヤックスは、ホームのアムステルダム・アレナシャルケ04を2-0で粉砕した。彼らが見せたダイナミックで、流動的にボールが循環する攻撃的サッカーは、まさにクラブが理想として掲げる「トータルフットボール」の姿そのものだった。平均年齢23歳、試合によっては22歳にもなるチームが、70年代、リヌス・ミケルスヨハン・クライフの時代から連綿と続くクラブの哲学を見事に体現していたのだ。これはちょっと普通のことではない。しかし、今年のチームには、期待を持つに値する選手が揃っている。奇跡的な躍進ではあるが、決して単なる奇跡ではない。

 

 

 

今年のアヤックスにはフランク・デ・ブールが率いていた昨年までとは異なる魅力がある。両ウイングに入るアミン・ユネス、トラオレ、クライファートといった選手たちは、単にフィジカルの強さとスピードで相手を引き離すだけでなく、変幻自在のトリッキーなドリブルでリズムを作り、決定的なパスを送ることができる。その中でも注目を集めるジャスティン・クライファートは、アヤックスの黄金期を支えたパトリックの息子だ。父親とまったく同じ顔をしているが、小気味好いドリブルで敵陣を切り裂き観客を沸かせるプレースタイルは、ストライカーとして活躍した父のそれとは異なった魅力を放つ。ドイツで燻っていたユネスは、加入2年目にして、ヨーロッパリーグで最も多くのドリブルを成功させているウィンガーに成長した。そしてナポリにクラブ最高額で移籍したアルカディウシュ・ミリクの後を継ぐのは、若干19歳のデンマーク人、カスパー・ドルベルグ。モナコのキリアン・ムバッペとともに今欧州で最も注目を集める10代のストライカーだ。

 

特筆すべきは中盤の構成。30歳にしてアンカーにコンバートされたラッセ・シェーネは、長短の正確なパスでチームのボール回しの中心となるだけでなく、危険を察知し相手の攻撃を芽を摘む能力を発揮している。キャプテンとして攻守を牽引するクラーセンは、おそらく現在のアヤックスで移籍市場において最も高値のつく選手だろう。彼がチームをあらゆる局面で引っ張り、スペースを見つけて素晴らしい得点を決める。そして、クラーセンのダイナミズムに彩りを添えるのが、トゥエンテから加入したハキム・ツィエフだ。彼の存在が、近年のアヤックスに長らく欠けていたクリエイティビティをチームにもたらし、彼らのサッカーをより魅力的なものにしている。

 

守備陣にも素晴らしい選手が揃う。バルセロナカンテラ出身であるオナナは、ヤスパー・シレセンが去ったゴールマウスを堂々と守りきるだけでなく、足元の技術を活かしビルドアップの起点となる。オランダ代表としてW杯も経験したヨエル・フェルトマンは右サイドバックにコンバートされ、的確なオーバーラップと正確なフィードで攻撃にも大きく貢献する。20歳のサンチェスと17歳のデ・リフトは身体能力の高さで相手を潰すだけでなく、攻撃参加し点も決めることができるモダンなCBだ。そして27歳のニック・フィールヘフェルは、昨年まではなかなかスタメンに定着できない時期が続いたが、今年はCBと左サイドバックの両方を高いレベルでこなし、チームに欠かせないピースとなっている。ヘーレンフェーン出身のダレイ・シンクフラーフェンは、攻撃的MFから左サイドバックにコンバートされ、目覚ましい活躍を見せている。

 

その他にもドニー・ファン・デ、ベーク、アブデルハク・ヌーリ、フレンキー・デ・ヨングといった若手も、着実に経験を積み、来期以降のスターティングメンバーの座を虎視眈々と狙っている。平均年齢は若いながらも、要所要所にベテランも起用され、バランスの良い戦力を揃えることができているのが、今年のアヤックスだ。

 

 

 

相手を圧倒する素晴らしい試合を展開した1戦目とは打って変わって、2戦目は苦しい展開となった。後半、2点を立て続けに決められ、延長前半にも1点を許すだけでなく、フェルトマンも退場となる絶望的な状況。しかし、チームを救ったのはフィールヘフェルだった。120分間、どこにそんな力が残っているのか不思議になるほどピッチ全体に顔を出し、守備に貢献するだけでなく多くのチャンスを作った。延長後半、ケニー・テテからのクロスをクリアーしようとしたナスタシッチにフィールヘフェルが猛然と詰め寄る。クリアーがブロックされ、ボールはそのままゴールへ。さらに、前がかりになったシャルケに引導を渡すゴールをユネスが叩き込み、アヤックスは2戦合計4-3での準決勝進出を決めた。これはアヤックスが実に20年ぶりにヨーロッパの舞台で四強入りを決めた瞬間だった。試合を見た人にとっては、戦術やスタッツでは表すことのできないフットボールの美しさ、ひいてはスポーツが生む奇跡や感動、そして一方では残酷さを、目の当たりにすることとなった。

 

フィールヘフェルのゴールは運の要素も多分にあるゴールだったが、あそこであと一歩足を伸ばせること、冷酷に駄目押しの2点目を決められること、そして苦しい状況でも運を手繰り寄せらることこそが、このチームの持つ価値を表している。平均年齢23歳のチームが、ついにここまで来てしまった。これは当然ながら、現時点でチャンピオンズリーグおよびヨーロッパリーグの四強となっている8チームのうち、最も低い数字だ。若いと言われるモナコでも25歳なのだから。

 

 

ヨーロッパでの躍進はピーター・ボス監督がアヤックスのサッカーを蘇らせた結果でもある。無難にパスを回すだけでなく、時に力強くゴールに迫る。大胆なロングパスで裏を狙う。選手の技術の高さに裏付けされたポゼッションだけでなく、美しくゴールを奪うことこそがアヤックスアイデンティティなのだと、アムステルダムの人々は再確認している。

 

 

「今度こそは」と誰もが思っている。今度こそ、ヨーロッパで結果を残してくれる。今度こそ、ワールドクラスのタレントが再びアヤックスから輩出されるようになる。今度こそ、愚かなミスでの敗退ではなく、完全な勝利か、戦いきった末の美しい敗北で、シーズンを終えてくれる。アムステルダムの人々は、20年間、辛抱強くこの時を待っていた。今、その瞬間がついに来ようとしている。そして、シャルケに素晴らしい形で勝利した今年のアヤックスは、その境地に一歩、足を踏み入れつつある。

 

デ・リフトやクライファートがワールドクラスの選手になるというのは、少々過度な期待かもしれない。若く経験の浅い彼らは、準決勝でリヨンにあっけなく敗れ去り、リーグではフェイエノールトとの差を埋めきれずに2位に終わるかもしれない。しかし、きっと、ファンはこのシーズンを後世に語り継いでいくだろう。誰よりも愛されるキャプテンの背番号10がチームを率いた姿を。クライファートの息子が、その後長く続くであろうその偉大なキャリアの第一歩を踏み出した瞬間を。サンチェスのオーバーヘッドを。シェーネのフリーキックを。ドルベルグのハットトリックを。

 

 

この一年は語り継がれていく。どんな結果になるにせよ、長い冬の時を経て、ようやく、クラブに誇らしい新たな歴史が生まれたのだから。そしてそれは、若いファンにとって、父親や母親たちが語る伝説ではなく、ようやく彼ら自身の口から語ることのできる、自分たちの物語なのだから。

 

 

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